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せめて、自由に。

 ちょっと前からblog界隈で熱く語られているこの作品。


手記P
 背景も判ってきたしそろそろ沈静化かな、触れてみたかったけど時期外しちゃったしノベマスは基本専門外だし、ま、いっか……と思ってたら。

 うーむ、まだ続いてるのか、この話。

 なのでこの際、書いてみる事にしました。
 「ニコ動、それは人の心を癒す」さんの所で書かれているように、2つの作品は結局同じ事を語っていると読めますので、両方ごっちゃに、まとめて語ってしまいます。

 まず、これで語られている事それ自体が手記P自身の考えとは思いませんし、そもそも作中で明確な結論は出されておりません。個人的には、要はこの作品の目的は問題提起だよね、と思っておりますので、その話はこれまで。
 よって以下は作品中のPに関して、「どうしてこんな事になっちゃったかなあ」という点について考察を。
 前置きしておきますが、ちょっと突っ込んで書きます。
 「Pでもない見る専の癖に偉そうに」と思われる方もいるでしょう。いやきっといる。そりゃまことにごもっともで、ニコマスにおいては見る専である以上、僭越であるのは百も承知です。
 でも書きます。
 後述しますが、ニコマスに限った話ではないと思いますので。

 なお、当blogは「友達を無くすblog」という斬新なコンセプトにて運用されております。

 どっちの作品にしろ、Pは現実の壁にぶちのめされてヘロヘロになる訳ですが、そこで「媚びれば伸びる」とか、そんな事を本気で考える奴が居たらそいつは間違いなくド阿呆だと言わしていただきます。申し訳ないですが。
 エロ舐めんじゃねーぞコラ。あ?
 お笑い舐めんじゃねーぞコラ。あ?
 いや、別に媚びたっていいんですよ。それできっちり完璧にプロの技で媚びてみせる立派な職人さんってのはいっぱいおられますしね。でも、それは「媚びたから伸びる」訳じゃないですよね。
 媚びる媚びない以前の問題、技術の問題。きっと単純な話なんですよ。伸びないのは要はヘタクソだから。という。
 ああっ、石投げないで!

 どうもね、僭越ながら、どちらのPも客観的な自己分析ってのが欠けてる気がしてならないんですよ。精一杯やってるのに伸びない。当然「何故だ?」ってなります。そこで「方向性の問題」という答えしか出てこないのがあまりに安直だなあ、と。
 いろいろと、それなりに努力はしてるのに、足元が全く定かでないまま安直に性急に結果を求めて右往左往、どんどんドツボにはまる。悪循環です。
 何故、方向性以前の問題に思いを巡らす事ができないのか。
 何故、ヘタクソだからという謙虚な出発点に戻れず、地道に構えることができないのか。
 比較対象なら回りにいっぱいあるはずですよね。で、比べるべきは方向性じゃなくて、もっと根源的な事なんじゃないかと。自分との違いは何か。自分に足りないのは何か。そこで解らないようだったら、申し訳ないですが、多分ずっとヘタクソのまんまでしょう。ヘタクソと脱ヘタクソを分けるものは、自分のヘタクソさ加減を自覚できるかどうかだと思うのですがいかがでしょうか。それすら第一歩に過ぎない訳ですが。
 そして第二歩として、どうすれば上手くなるのかなんて、誰かが教えてくれる訳ゃないですよ。聞いた所で「こっちが知りたい」てなもんで。結局は自分で考えて、自分で一つ一つ試して潰して行くしかない。でもって試して潰した所で上手くいくとは限らない。辛いでしょうね。苦しいでしょうね。自分のダメな所と何度も何度も向き合わにゃいかんのですから。ああ恐ろし。ホント職人は地獄だぜフゥハハハーハァー(AA略 再度言いますが、「なら媚びればいい」とかそういう方向性の問題でなしに、それ以前の問題として、ね。

 本当にね、これって、今に始まった話題じゃないんですよね。
 昔々、たぶんこの世に芸術というものが現れてからこっち、ずーっといろんな人達があーでもないこーでもないと繰り返してきた話な訳で。モーツァルトがいればサリエリもいたって事ですよ。しかもサリエリの方が何十倍何百倍もいっぱい。
 で、それでもってしても、今なおこういう話題が出てくる。こりゃアレですね、この問題提起に対する黒白の結論は永遠に出ないでFAだろ常考、と思っております。
 だからもう、最終的にはこう言うしかないんですよ。
 「どうぞ、お好きになさいませ」と。
 媚びるも自由、媚びないも自由。成功する人もいるし、何やってもダメな人もいる。相関関係を導き出せる方程式なんて存在しないし、やってみた結果で語るしかない。だからせめて、自由に。
 結論にも何もなってないけど、たぶんきっと、それが結論。
 自由だけが唯一の財産なのですよ。悲しいね、自由って。


 ま、いずれにせよ、問題提起を含んだ面白い作品でありました。
 歌の上手い下手に関わらず、ビートに乗せて思いの丈をぶつけて思いっきりがなり立てれば、それは「ロック」になるのですよ。シド・ヴィシャスはベーシストでしたが、ベースは弾くものではなくぶん回すものでしたし、彼の演奏テクを気にする人もおりませんでした。身近な例で言えば、サンボマスターの歌唱力を云々する人もおりますまい。そういうのだってアリだって事です。
 だからこの作品は、ロック的な意味で、面白かった。
 グダグダ書いといて何ですが、とりあえず一番言いたかったのはコレなのでした。
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